私の声が聞こえますか
後編
 

 「見てわからない?」
 素っ気なく彼女はいった。
 「ああ、俺にはよくわからないな。何やってるんだ?」
 「鍛えてるのよ。体力増進」
 二階からのぞく相手の整った顔立ちに一瞥をくれた彼女は、正面に向き直るがはやいか、身体を動かしはじめた。
 「俺はまたダイエットか何か・・・・ああ、失敬。ゼシカさんには必要がなかったな」
 「あのね、女性っていう固定観念でひとくくりにして、ものを考えるのはやめてくれる?それと、今回だけは許してあげるけど、そのセクハラ発言もやめたほうがいいわね。人間に対してあんまり攻撃魔法は使いたくないから」
 再び動きをとめて、中庭にむかって首を突きだしている青年にむかって厳しい文句を投げつける。
 もちろん、彼がこれで理解してくれるとは思ってはいない。べつに当人の頭が悪いとか、言語を解さないとかいうわけではない。ただ少しばかり、性格と考え方に難があるだけである。
 「身体壊すぞ。宿に泊まったときくらい身体を休めた方がいいぜ。いったん町から離れたら、あとは歩き通しだろ?無闇に疲れをためる必要なんてないぜ」
 前髪を一度かきあげて、石壁のへりに頬杖をついた青年はあきれたようにいった。
 「ご忠告ありがとう。じゃ、ちょっと走ってくる」
 意に介さず。
 相手の言葉を右から左に綺麗に流して、彼女は軽く手をあげて走りはじめた。
 (だいたいね、あなたの世話になんかなりたくないんだから)
 胸中でそんなふうにごちる。
 原因は、先日の魔物退治にあった。魔物の攻撃の直撃を浴びた自分は、情けないことにその場に倒れてしまったらしい。気がついたときには草原の真ん中にひっくり返っていて、心配そうにこちらをのぞきこんでいる黒い目と三白眼があった。
 (こんなんじゃ、いけないわよね)
 彼女はくりかえした。
 要するに、自分には攻撃に耐えうる体力がなかったということであろう。あとできいたぶんには、そのうえ甦生魔法で魂を召還してもらうというおまけつきだった。軽い自己嫌悪に襲われたのはいうまでもない。
 (この町、あんまり空気がよくないけど仕方ないわね。町の外にでたら魔物がいるから、とりあえず町の中を走るしかないし)
 言い聞かせるように己れのなかでまたつぶやく。
 いてもたってもいられなかった。今さっき、ククールはなんやかんやといっていたが、汚い町中でも、少なくとも郊外よりは安全だろう。
 『・・・・ゼシカ』
 優しかった兄の笑顔がよみがえってくる。ふたりきりのきょうだい。村の者皆に好かれ、母よりも自分のことを理解してくれていた尊敬すべき兄は、無惨にも、ドルマゲスという名の悪魔の化身のような道化師によって生命を絶たれた。
 「・・・・・・・・・・・・・」
 あの惨たらしい光景が連鎖的に脳裏に浮かぶ。兄の悲惨な死の場面を思い出すたびに、はやくドルマゲスを探し出して仇を討たねばならない、とおもう一方で、今の調子では、ドルマゲスに対して手も足もでないのではないか、という不安は否定できない。
 (あっ?!)
 そのときだった。腕から肩にかけてふいに衝撃が走った。
 「姉ちゃん、ちゃんと前見ろよ」
 考えごとをするあまり、ひととぶつかってしまったのだと理解したのは、男の太い声が耳に届くのと同時だった。
 「ごめ・・・・」
 「ん?この町じゃ見かけねえ顔だな」
 足をとめて謝罪の文句を口にしかけたのを遮って、あらくれ風の男はいった。
 「ほほう。こりゃなかなか綺麗な姉ちゃんだな」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 いやな予感がはしる。詐欺窃盗が当たり前というこの町では、一般常識は通用しない。
 「姉ちゃん、今ぶつかってきたことは許してやるから、ちょっとつき合えや」
 案の定、聞こえてきたのは軽い言いがかりのような台詞だった。
 「お断りだわ」
 間髪をいれずに彼女はいった。諾といおうものなら、どこに連れて行かれるかわかったものではない。げんに、わずかな隙に、同じく旅に同行しているミーティア姫が、何者かに連れ去られるという事件も起きている。
 「なんだと!?」
 男の表情が途端に険しくなった。いやらしそうな笑みが瞬時に消え、かわって怒りのいろがあらわれる。
 「おいおいおい!下手に出てりゃつけあがりやがって。このおとしまえはどうつけてくれるんだ?」
 「おとしまえですって?そんなもの、いくらでもつけてあげるわ」
 一歩もひかない構えをみせて、彼女は次に、口のなかで攻撃魔法の呪文を転がした。
 野に出没する魔物に比べれば、ごろつきのひとりやふたりを片づけるのは造作もないだろう。
 「ちょっと待った!」
 そこで突然、緊迫した雰囲気を割るように、ふたりを取り囲む物見高い野次馬たちの中から張りのある声音がとんだ。聞き覚えのある若い声。それは・・・・
 「・・・・ククール」
 気をそがれて、彼女は呆けたように声の方向に視線を向けた。
 「こういうバカに魔法をつかうのは勿体ないぜ」
 予想どおりであった。
 こっそり後をつけてきたのか、あるいは偶然なのか、路地の間からあらわれたのは、派手な色の衣服をまとった長身の青年だった。
 「だってこれは・・・・って、その前に、なんであなたがここにいるのよ!」
 「ハニーの危機を放っておけなくてね。ま、それはそうと」
 前に進み出てきた青年はたしなめるようにいうと、何やら文句をつぶやいた。
 「魔法はこういう風に使ったほうが合理的ってもんだ」
 「えっ?」
 返事を返すまもなく、知っている感覚が襲ってくる。そして次の瞬間には、難癖をつけてきた大男の姿はなかった。それどころか、ごみごみとした町並みも消えていた。
 目に入ったのは草原の緑。聞こえてくるのは川の水音。前に建っているのはどこかで見た教会。
 「あれ?ここって・・・・」
 「俺としたことが、しくじったな。アスカンタの町にとんだつもりだったんだが」
 小さく舌打ちをして、青年はいった。冗談とも本音ともつかない、いつもの口調だった。
 「ここって願いの丘の近くにある教会、よね?あそこにある家は、たしか、キラのおばあさんの家・・・・って、ククール、これっていったいどういうこと?」
 周囲を見回しながら、彼女は、そばに立っている青年をみやって詰問した。
 わからなかった。
 彼が移動魔法を使ったのは間違いないにしても、なぜこんなことをしたのかが解せなかった。
 「なんでこんなことをしたのよ!魔法を使ってるのは結局同じじゃない。だったら別に、あそこから逃げなくたって・・・・」
 「魔法はゼシカのために使ったのさ。あのバカのために使ったわけじゃない」
 「そういう問題じゃないわ!」
 「攻撃魔法は人間に対しては使いたくないんだろ?あんまり怒ると肌に悪いぜ。それより、俺的には、今は文句よりお礼の言葉のひとつもききたいところなんだが」
 「・・・・・・・・・・・・」
 言葉に詰まる。
 相変わらずの独特の言い回し。とっさには言い返す文句を見つけられなかったゼシカは、不承不承うなずいた。
 結果的に、彼に助けられたのは事実だから。
 「・・・・ありがと。だけどどうしてあそこから逃げたわけ?あんなやつ、一度痛い目にあったほうがいいのよ」
 軽く頭をさげつつも、彼女は重ねて質問を浴びせた。腹の虫がまだ、おさまらない。
 「あとはヤンガスがなんとかしてくれるさ。ま、あの町にはこれからも何回か行くことになるだろうし、むやみに騒ぎを起こすのはどうかと思うぜ」
 俺もあそこにいると病気になりそうな気がして好きじゃないんだが、しょうがねえな。
 たいして、相手はそう、独り言のようにいった。
 (・・・・え?)
 予想外の理由に彼女は目を見開いていた。頭を殴られたような衝撃がはしった。
 彼の採った行動は行き当たりばったりのものではなく、今後の旅の方向性を見据えてのものだった?
 (本当の理由ってそれなの?・・・・って、もしかして私、ムキになりすぎてたのかな)
 冷水を浴びせられたような感覚を覚えて、彼女はしらずしらず目を伏せていた。
 ーーーー真っ正面から立ち向かうのが最良の方法、とは限らない。
 そんなふうに諭されているようにも聞こえてきて、ついさきほどまでの己れの行動を、何とはなしに顧みる。
 「・・・・まあ、今はほかに誰もいないし、こんな機会は滅多にないな。しばらくデートと決め込むか」
 考えにふけったのはつかの間だった。再び耳に届いたのは、嘘か本気か区別もつかない、どっちつかずの誘いだった。
 (な、なんですって?)
 目をむいて振り向けば、空色の瞳が楽しそうにわらっている。
 「どう?俺とゆっくり語りあわない?」
 「結構です!それよりも、早く町に戻らなきゃ」
 大真面目に答えて彼女は首を横にふった。
 やはり、この軽薄男の根の部分はかわらない。いくらかでも思慮深いように感じたのは、自分の思い違いに決まっている。
 「とかいっても、ゼシカさんはどうするつもりなのかな?」
 その考えを裏付けるかのように、彼は悪戯そうに瞳をきらめかせて口元をゆがめた。
 「ここからパルミドまで歩いて戻る気かい?遠いぜ。それに、キメラの翼も武器ももってないだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 再び、言葉につまる。
 残念ながら、自分は移動魔法は使えない。つまるところ、彼の言うとおり、今は行動を共にせざるを得ない・・・・らしい。
 (どうしてこんなふうになっちゃったのよ?)
 答えの出ない自問は、髪を触るゆるやかな風のなかに消えてゆく。
 今日は厄日に違いない。
と考えながら、しかし心底からこの事態を毛嫌いしているわけではない己れに気づいてひどく混乱を覚えつつも、ゼシカは、苦し紛れにこういった。
 「・・・・わかったわよ、もう」。
 

fin



*ゼシカのHPの低さと守りの弱さに泣かされたのは私めだけでしょうか?
種や防具で補強してやっても、まだ主人公たちより劣るんですよね。
油断してるとすぐにお亡くなりになるし・・・・(それでもファンか?笑)。
で、まあそこでククールを戦闘からひっこぬいてザオリクかけさせるわけですが。
この話はそれをヒントにしました。コマンドは「命令させろ」です。DQ4で某神官のザラキとホイミ連発に参ってからコレです。




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