月のイマージュ
第2部
 「空襲が酷くなってから、ずっとそうだわ。怨霊の気配なんかほとんど感じないもの」
 白い着物にえんじ色の袴をつけた晴家は、湯飲みを手にしながらいった。ひっそりした裏庭のほうに、少しばかり目をやる。
 夜に、なった。
 いてついた雪が、まわりの闇を跳ね返しながら銀色に輝いている。
 「闇戦国の怨将たちも、やっぱり自分の身のほうがかわいいらしいな。ここには自分達の知らない世界がある」
 きっちりと、座布団に正座した直江はぽつりと答えた。
 東京の中心に近いN神社の敷地の一角、ここに柿崎晴家の住む家があった。上杉夜叉衆の一員として名を連ねている彼は、今回も女性に換生していた。彼女は、この割合有名な神社の巫女でもある。
 「三五〇年前とは、日本もうってかわっちゃったわねえ。はるか彼方から火の玉が落ちてくるなんて、想像もつかなかったもの」
 美貌の巫女はため息をつくように続ける。
 「そうだな。弓矢や鉄砲の上をいくもの…飛行機や焼夷弾なんてものができるとは、あの頃は思いもしなかったな」
 「おかけで、本業はぱったりね。まあ、それはそれでいいことだけれど」
 「さすがの怨霊も驚いたかな?だが、怨将よりももっと怖いのが、大本営や首相官邸にはごろごろしているが」
 直江は苦笑いした。
 確かに、今の世の中で最も恐れるべきものは、怨霊でも闇戦国の復活でもなかったろう。
 この現状から推しはかって、日本は滅亡の寸前であろう。国自体が息絶え絶えなのだ。いくら怨将たちが、闇戦国を復活させて、かつての時代のやり直しを主張し、戦国の覇者になろうとしても、肝心の日本国が滅びてしまっては闇戦国もへったくれもない。下手をすると、自分の存在さえも消えてしまうとも限らない。そこのところは、さすがの怨霊達も理解しているだろう。
 「直江、でも陸軍軍人のあんたがそんなことをいっていいの?その大本営にいる化け物は、あんたの親玉でしょう?」
 晴家は屈託なくずけずけといった。歯に絹をきせないのはこの女性のひとつの特徴でもある。
 「いいんだ晴家。事実は事実だ」
 彼も遠慮無しに言葉を吐く。
 畳八畳ほどの薄暗い部屋のなかに、二人は座っていた。米軍の空襲を原因とした灯火管制のため、締め切った室内といえど、めったに明るい光はともせない。
 ぼうっとした、光がふたりの顔を照らしている。
 北風が木をならしている音も、絶え間なく聞こえてくる。
 「…でもね、私は結構これでも忙しいのよ」
 少しの静寂の後、再び、晴家が話しはじめた。
 「ほう、ここにお参りに来る人はかなりいるのか?」
 「違うわよ。私が忙しいのはね、戦国時代の霊じゃなくって、最近はね、霊になったばかりのひとの相手をしているからよ」
 特異な能力があるのもちょっと考えものだわね。
 そう続けて、彼女は冗談ぽく顔をしかめた。
 「晴家、霊になったばかりのひとというと…?」
 「あんたも肝心なときに鈍いわねえ。このところ続いている空襲で亡くなった人とかよ。他に、軍服を着たあんたみたいなひとの霊も結構ここに来るわよ」
 「………………」
 妙な顔をして直江は黙った。ちくりと良心が痛む。自分は冥界上杉軍のひとりでもあるが、同時に現在、この国家の防衛にたずさわっているひとりでもあるのである。
 「話をするとね、皆言うわ。はやく平和にならないか、って。それと日本はこれからどうなるんだ、って。そんなこと私に聞かれてもわからないけど、聞くだけは聞いてあげてるわ。それで楽になるひともいるし」
 「………………」
 「でもやっぱり、怨霊じゃないけど皆成仏しきれないみたいね。当然のことだろうけど」
 しんみりした口調で、彼女は天井に目をやった。怨将達にくらべれば、なんと彼らの純粋素朴であることか。戦国の世を復活させようなどという大それた野望は、ない。ただひたすら、国家の安定と平和を望んでいるのだ。
 「晴家、お前、その…成仏させてやっているのか?」
 「え?やってなんかいないわよ。あのひとたちは、この戦争が終わってひととおり、この国の行方がわかるまで成仏できないでしょうね。予想がつけば自然に成仏するでしょう?、調伏の必要はないわ」
 後半は、若干きつめの語調だった。直江ともあろうものが、どうしてこんなこともわからないのかといいたげな、語気だった。
 (直江?…)
 じっと相手の態度をうかがった晴家は、そこで首をかしげた。なにか物思いにふけっているような目があったからだ。
 「どうしたの?」
 「……………」
 「直江?」
 途端に、彼女は直感した。その時点で大体察しがついた。本来の使命の話が出てきたところで、自分達の仲間に思いを馳せたのだろう。
 「…景虎ね」。
 無意識のうちに、深い息をつく。晴家もこの同僚が、景虎にどんな思いを抱いているのかは知っている。知っているどころか、何度も巻き添えにされている。
 (まったく……)
 目の前の男は一体何をやっているのだろう。何回同じことを繰り返しているのだろう。進歩のないまま、変わらぬ思いを抱き続けているとは。
 話題を、かえた。
 「景虎になにかあったの?…今度の換生は、本当にあんたがしっかり景虎についててやらなきゃ駄目なのよ。よりにもよって、景虎、共産主義やっているし、最後の最後で景虎を守ってやれるのは軍人のあんただけなのよ。長秀もどこへいったか、いまだにわかんないし」
 主君の名前を連呼して、彼女は直江を見た。
 この軍国主義の時代に、最も強い力をもっているのは、いうまでもなく軍人である。軍部が黄暴をきわめていた時代である一方で、軍に執拗に追い回され、アメリカ以上に敵視されていたのが共産主義者だった。
 今までの言葉からすると、晴家も、現在の状態にはやりにくさ、生き辛さを感じていたのに相違ない。そしてそれはまた、立派な正論でもあった。
 「景虎になにかあったのね?まさか、あんた…」
 「晴家、主君を刑務所にぶちこむ家臣がどこにいる?…だが景虎様は…俺が出来るだけ人目のつかないところにいてくれと何度言っても、駄目なんだ。もう三度も憲兵につかまっている」
 冷静な中にも苦悩が見え隠れしている。直江は血を吐くようにいった。
 「で、そのたびに、あんたが無罪釈放にしているのね?でも、捜査の手は厳しいしどうしようもないわよ」
 晴家も苦り切った。
 この国は、いつになったら平和になるのだろう。幸いなことに怨将達は影をひそめているにしても、景虎自身の神経も磨り減っているのだろう、まず軍や警察から現世の自分自身を守らねばならないのだから、いくら底知れぬ力をもっている彼といえど参っているはずである。
 「俺は…景虎様を守りきれない…」
 なんとしても守らねばならないひとを、守りきれない。己れの役目なのに。
 直江はうめいた。
 本音、だった。赤裸々な心であった。
 最も大事なひとを守れないとは、自分の身を割かれるよりも辛い。それが最愛のひとだけに……。
 「いっそのこと“力”で軍や警察の人間を操作しちゃったら?…なんてことは無理よね」
 「駄目だ晴家。一体何人いると思ってるんだ?それに…景虎様は許さないだろう」
 晴家の、なかば無茶な意見を聞いた直江は、即座に否定した。むきになったように反論する彼に、逆に晴家が目を向く。
 「わかってるわよ。いってみただけだって。そんなことをしたら、現世が崩壊しちゃうもの」
 景虎だとて、そこは十分承知しているだろう。謙信公より与えられた使命は、今の世を闇戦国から防衛することが柱になっている。
 だからこそ、景虎も現状に甘んじている。自らがどれだけ軍に睨まれようと危険な目にあおうと、受け入れているだけである。これが闇戦国の武将どもなら、とても黙ってはおるまい。この混乱した日本の状態に乗じて天下人になろうとしないまでも、己れを迫害するこの世の生身の人間に、その力でもって報復するだろう。
 景虎には、それはできない。かつて一度、直江が、あやまって一般の人間を、自分達の戦いに巻き込んで犠牲にしてしまったことがある。その時、景虎は厳しく彼を叱責した。 “生きている人々に犠牲者を出さないことが、われわれの第一の使命だ。たとえ自分達が不利になろうがハンデを負おうが、これより優先することがあってはならない”と。
 だから、できない。景虎はそういう人間だった。気高く、優しい将だった。
 「…景虎も、辛いのよ。こんな状況じゃね。強いように錯覚しちゃうけど、根本的なところでなんというか…ふっと気を抜くような弱さがあるのよ」
 晴家は、付け加える。
 今を生きること。この方が戦国を生きていたよりはるかに難しい、と。
 「わかっている。それは」
 「わかってないわよ!あんた、景虎を守るもなにもないじゃない。景虎を好きなんでしょ、なのに突き放したような態度取ってるんでしょ?そりゃ、あんたの今の立場もあるし、景虎もわかってるだろうけどね、あんたが頼りなのよ。それなのにあんたはどっちつかずの言動ばかりして…」
 率直にいって、晴家はいらだたしかった。男同志というのはこんなにも厄介なのだろうか。それとも、景虎に関することとなると途端に、思考が複雑骨折を起こす目の前の男の性格が厄介なのだろうか。現在の立場も思考に付け加えると、余計に事情は絡まった糸にならざるをえない。
 「…だけど、景虎は?最近見ないけど」
 気を取り直して、彼女は尋ねた。怨霊もあまりいない状態では、使命のためにひとところに結集するのも、あまり最近ではないことだった。
 「ああ…今日、あった。憲兵隊司令部じゃ話などできるわけがないから、ここへきてくださいといってはみた。だが…」
 「まだ、来ないわね…」
 まさか、またもや憲兵や特高に捕まったのではあるまいか。 二人は同様に、嫌な予想をした。顔を見合わせる。
 たとえ捕まったとしても、景虎の性格からでは黙ったまま抵抗もせずに、連行されていくだろう。使命のために、『力』を使うことなど考えもせずに。
 (様子も、おかしかった…)
 一体それはなんでであろう。やはりあそこで、景虎の口を無理にでもひらかせるべきだったのか。相手の態度につい、突き放すようなことをいってしまったが。
 と、その時だった。なにか、まがまがしい空気が肌に感じられたのは。
 覚えが、ある。これは…
 ざわり、と、木が揺れた。風がなにかものを語るように、どうと吹き付けた。
 「!?」
 ふたりは立ち上がった。よく知っている気配に似たものがそばにあるのを悟った。
 (霊だな…でも怨霊ではないな)
 闇戦国のものとはすこし感じを異にした、気配。いつものそれではないにしても、なにか怪しい気を察する。
 (これは……)
 気が、ざわめく。ひしひと迫ってくる空気は、明らかに霊の存在を告げていた。
 おそらく、この連日の空襲で土地の、いったん静まっていた霊が呼び起こされたかなにか…おおむね理由はそうであろう。
 「晴家」
 「ええ」
 目で合図し合うがはやいか、ふたりは外に飛び出した。ごうごうと不規則に、風が鳴る。
 (来る…)
 気配は次第に濃くなってくる。これといった、極端に力の強い霊の存在は感じられないが、それでも悪霊に属する類いの霊である。
 (戦国のものではない?…とするとなんだ?)
 直江は油断なく辺りに気を配りながら、霊体がなんであるかをさぐった。この感じから分析するに、いつもの戦国の怨将や霊というのではなく、ごく一般的な類いのものである。 ふたりは歩を進めた。
 感じる力はそう強くはないが、相手は霊体である、油断は禁物だ。
 風がうなる。
 寒風が夜空を駆ける。すっかり葉をなくした木が、殺風景に立っている。
 この国内が疫病、災害、内乱等で乱れたとき、必ずそれに紛れて、魑魅魍魎や悪霊が跋扈したという。もしかしなくとも、霊たちは事情判断に長けているのかもしれない。
 「…日本が滅ぶかもしれない瀬戸際だっていうのに、わかってないわね」
 晴家が呟くそばで、直江が身構える。
 「晴家、来たぞ」
 「知ってるわよ」
 見えてきた霊は、やはり予想どおりの、米軍の爆撃によって目覚めてしまった土地の霊であった。
 数にして数十人といったところだろうか、霊たちはほとんどが軍服を着ていた。軍人に乗り移ったものであろう。
 〔向こうも気付いているわよ、私達に〕
 〔わかっている〕
 胸中で会話を交わしたふたりは、左右に飛んだ。
 〔殺セ…殺セ…〕
 〔自分タチノ眠リヲ妨ゲルモノハ…殺セ…〕
 霊たちの呟きが、直接頭の奥に侵入してくる。
 〔私じゃないってーの!〕
 晴家も負けてはいない。反論しながら立ち向かう。
 風が、流れた。
 生暖かい風が、襲った。
 それと同時に、突然の銃声が辺りを揺るがした。
 (軍服だから当然飛び道具はもっている、か…)
 脇を、弾丸が通過していった。直江は今更ながら、相手が拳銃を所持していることに思いいたった。
 「晴家ッ!」
 夜のしじまを、銃声が切り裂く。
 「分かってるわっ」
 彼女は咄嗟に護身波を張った。堅い音をたてて跳ね返った弾丸が、ぱらぱらと地面に散らばる。
 軍人達の……霊たちの乗り移ったひとの……姿は不気味を通り越して壮絶だった。目ばかりが何ものかに操られているように義眼のごとく光っている。
 ガンッ、と。凄まじい音が、響く。またもや拳銃の一斉射撃である。
 「何よこれっ!」
 晴家が叫ぶ。
 「ただの悪霊にしては、たちが悪いな」
 「拳銃をもってるとはね」
 「はやいところ調伏したほうがよさそうだ」
 息急き切って会話を交わすそばから、霊たちはふたりを取り囲むようにして迫ってくる。
 (本当に、怖いのは怨霊そのものよりも、現世のものか)
 直江はおもった。霊よりも、狂った人間。そして科学兵器。
 「!」
 砂利を蹴散らす音が聞こえる。冷たい軍靴の音が、夜空に散った。
 月が、かげる。
 黒い色をした雲が流れて行く。
 が、そのとき。
 (あ…?)
 直江と晴家の感覚に、知っている気配が入り込んできた。第六感、精神の共鳴のようなかたちでもって、その気配は感じられる。この気を発する人物は……
 (景虎?)
 「うわッ!」
 一瞬、軍人たちの姿が金縛りにあったように身動きをしなくなる。そして見る見るうちに、軍服の霊体はなにか強い力によって無理やりにひきはがされていった。
 「えッ?これは…」
 あまりの瞬間的な出来事に、さすがの夜叉衆の彼等も咄嗟には事態をつかめなかった。
 たったいままで、こちらに銃口を向けていた人間はみな地べたに倒れている。ものの見事に全員が全員、横たわっている。
 (調伏…だ…)
 これは調伏だと気付いたのは、次の瞬間だった。
 「これは……」
 懸命に目をしばたたくそばで、しんと静まった神社の、怨霊が立ち塞がっていた向こうから、歩いてくる人影が視界にはいる。
 十分自分たちが知っている、感覚とひとである。
 「景虎様」
 「景虎」
 それがなにかを悟ったとき、ふたりは呼び掛けていた。前から歩んでくるひと、それは。
 「景虎様」
 直江はもう一度、その名を呼んでいた。主の名を。
 (無事だったんですね)
 取りあえず心配が空振りに終わったことを、安堵する。
 暗闇の中から現れたのは、笠置三郎だった。上杉景虎であった。自分たちが仰ぎ見るリーダーだった。
 「景虎」
 晴家が呼び掛ける。今の霊を調伏したのは、いうまでもなくこの主君であろう。
 周囲を、急速に静寂が襲った。今の今まで騒がしかった波はざっと引け、かわりにもとの静けさが舞い戻ってきた。
 「今のは景虎ね。有り難う、助かったわ」
 「晴家」
 「でもよかった。心配してたのよ、特高にでもつかまったのかもしれないって」
 「ああ…すまない。俺は大丈夫だ」
 彼等の前で足を止めて、三郎は正面からふたりをみた。
 「今の霊は怨将じゃなかったな…『調伏』を使わなくてもよかったかな…少し強引だったな。強すぎたようだ」
 「景虎様」
 じゃり、と足元の石を踏んで、今度は直江がひとりごとのように呟く三郎に、一歩近寄った。
 「来て下さったのですね、景虎様」
 「………………」
 途端に、三郎の表情が凍り付いたようにとまる。直江の問いには答えようとしない。冷酷とも形容できるような、涼やかなまなざしの中に厳しい輝きを宿したまま、銅像のように感情を停止させた。見つめる目はひどく冷たい。
 直江も、なにもいわない。押し黙ったままで三郎を凝視している。端正な顔立ちが冷えきった空気と相俟って、触れれば切れてしまうような鋭利な雰囲気を醸し出している。
 雲に隠れた、月が再び顔を出す。
 煌々と照らし出された三人の、影が落ちた。
 いくばくかの時が、流れる。
 「…もう、わかったわ、景虎、直江」
 そんな間をじれったくおもったのか、間をつなごうとしたのかここで晴家が割って入った。
 「あたしはもう何も言わないから、話をしなさいよ。なにがあったのかは知らないけど。…ここは私がなんとかするわ」
 ちらちらと地面に付しているカーキ色の山に目をやりながら、すこし言葉をきると、三郎のほうを向く。
 「景虎、危なくなったらとにかくここにきてよ。あなたは軍や警察には睨まれているんだから、ここならひとまず安全よ。神社は捜索の手はあまり入らないから」
 「ありがとう」
 晴家の台詞に、言葉すくなに応じた三郎の、表情はそのままである。かなり神経が参っていることは、やすやすと彼女にも理解できた。
 (直江、景虎をお願いね)
 様子をちらりとうかがって、晴家は、こちらも冷静に立ち尽くしている直江をみやった。なんのかんのと言おうと、結局は景虎を最後に守るのは直江なのだ。どんなことがあろうと、この主従の間には入れない。
 共産主義と睨まれている、景虎の現状。それを庇えるのはこれも軍人の直江しかいない。
 「……………」
 三郎はちらりとだけ晴家に目をやると、そのまま無言で歩き出した。心持ち不安そうに見送る彼女に背を向けて、砂利を踏み締めて行く。
 直江も、何も言わずにその後を追う。軍靴のかたい響きが境内に残響する。
 (景虎…直江…)
 そんなふたりを、晴家も、言葉もなく見ていた。その背中が、街の界隈に消えてゆくまで。
 (お願いだから…不幸にだけはならないでね)
 両手を胸の前に合わせる。その願望は祈りにも似て、切なるものがあった。
 こんな時代だから。
 昔、自分たちが本当に生きていたあの戦国の世よりも、かなしい時代だから。
 だからせめて……
 (………………)
 風は冷たい。
 空気は冷たい。
 長い髪が北風になぶられるままに、晴家はしばらくそこに立ち尽くしていた。


第3部へ続く



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